虫歯に関する一考 その3

「虫歯」という人類の悲劇がなぜ起こったのかということに話を戻します。

まず第一の要因の「農耕の始まりと加熱加工」について。アイアイの例からもわかるように、自然界の捕食者と非捕食者の関係は、いかに食べるのかということといかに食べられないようにするのか、ということでした。捕食者の側からみると、いかに食べるのかということは、その歯を特化するという努力の元に行われており、その歯が太刀打ち出来ないものであればその生物(種)は成り立たない、というのが本来の自然の掟です。

しかし、非捕食者(作物)を自ら大量に育てるという農耕の始まりは、その掟を破って、歯の特化や顎の努力がなくても簡単に食べ物を手に入れることのできる状況を生んだわけです。さらに加熱加工によって、本来歯や顎や胃腸などの、その生物の体全体で努力して食べ物を消化する能力を確保する、という進化のプロセスは失われていくことになります。

たとえばイタチキツネザルという小さな原猿類のサルは、他の動物が食べることのできない、ものすごく硬い植物の葉を主食にすることで、ニッチ(生態的地位)を確保することに成功し、種の保存と繁栄を実現しています。しかし、それでもその葉は消化するには大変困難な代物で、そのサルは、一度食べて体外に排出した糞をもう一度食べるという「フン食」によって、必要な消化吸収を実現しています。この涙ぐましくもたくましい生き方に対して、消化しやすい食べ物を簡単に手に入れている人間の立場から「一粒で二度美味しい」などとひやかすことはできないでしょう。

実際人間にとって、生麦や生米をそのまま食べて消化吸収することは大変困難なことですが、それを製粉したり加熱したりすることによって、簡単に栄養として取り込むことを実現しています。しかし、火や道具を使うということは、歯や顎や胃腸の機能をいわば「外注」しているようなもので、わかりやすくかつ乱暴にいえば、他人の口で噛んでもらった食べ物を与えられている赤ちゃんのようなものなのです。

農耕以前の狩猟採集民として生きてきたご先祖様が、様々な努力によって獲得した歯や体の機能は、農耕や加熱加工によって、それを全くといっていいほど必要としない食生活へと激変してしまった結果として、「虫歯が発生した」という風に考えられると思います。

また、調理技術と調理道具の発達は食材の大きさの変化でもありました。それは大きなものから小さなものへの変化です。つまり肉なら塊で食べていたものがスライスや挽肉へ。野菜なら丸ごとから細かく薄く刻んだものへ。菓子類(特にスナック菓子)は、米・麦・トウモロコシをほとんど粉にしてから加工したものになっています。これらが歯にまとわりつくことで虫歯が増えていくことは、容易に想像がつくでしょう。

これに「第二の要因」である「砂糖の大量生産と世界流通」が拍車をかけたということになります。特に戦後に普及した「清涼飲料水」、つまり大量の砂糖入りドリンクの影響は大きいようです。これについては、(私が以前講演を聴いた)新潟県歯科医師鈴木公子先生のHPひまわり歯科医院の中の「ぜひ読んで下さい」にある写真と文章を参考にして下さい。

最後に「虫歯になるメカニズム」を虫歯のお話しより引用します。

虫歯になるメカニズム
普通に食事をしても歯垢内pHは下がります。ご飯やパン、うどんなどの主成分であるでんぷんを食べても、歯垢内で酸が生成されるので、食事のたびに歯垢内pHは5.5以下になり歯が溶かされます。唾液の中のアミラーゼという酵素がでんぷんの一部を分解し、ブドウ糖や果糖などの酸をつくる糖に変えてしまうためです。ご飯を食べていると甘みを感じるのはそのためです。
しかし、一方で食事のときには唾液が多く分泌されるので、歯垢内の酸は唾液の成分で中和され(緩衝作用)、歯垢内pHは上昇します。そこで、歯から溶け出した歯垢内にあったリン酸とカルシウムは、歯の表面に再び沈着し、歯が修復(再石灰化)されます。唾液の中にもリン酸とカルシウムが多く含まれていますから、これらも歯に沈着して、歯を修復します。
ですから、脱灰と再石灰化の均衡が保てる、一日三回の食事と、決まった時間に食べる一回の間食程度では、虫歯になる可能性は低いといえます。しかし、あめやガム、清涼飲料水などを頻繁にとり続けると、脱灰に対して再石灰化が追いつかなくなり、歯垢内pHは低下して、歯が溶け続け、虫歯が発生する危険性が高くなります。
就寝前に甘いものを食べると、歯垢内pHは低下したままの状態が数時間続いてしまいます。これは、睡眠中は唾液がほとんど分泌されないためです。

現代人の虫歯の原因・予防・治療については、その考え方など様々ですが、根本的な人類の歴史をふまえた上で、食事を中心に気をつけていくことが重要であると思います。