我が家の玄米食考

ここ数日、我が家では久しぶりに玄米を食べています。

私が玄米を食べるきっかけになったのは、「わしズム」にも書きましたが、脱サラして入植した石川の農場で玄米を食べていたからです。そこで生まれて初めて見る、そして食べる玄米のうまさに感動し、それ以降玄米愛好家になりました。ここでのポイントは、一般的に玄米食に移行するきっかけとして、病気を治すための「食養」という概念から入っている人が多い中、私はそれとは全く無縁で、単に偶然うまいことを知ったから玄米を食べるようになった、ということです。

女房も元々玄米に理解があったので、結婚してからも玄米食は続けていました。ところが、子供が生まれるとその食生活も徐々に変わっていきました。子供の離乳食はおかゆであり、おかゆを炊くには白米だからという理由です。

子供が生まれると、妻の関心(愛情)は夫から子供へとシフトしていきます。子供のために白米を炊いた上に、さらに別の鍋で玄米も炊くという二重の手間をかけることは、妻にとっても面倒なことなので、夫の飯も白米へと変わっていくことになりました。

その後、最初の子供が生まれてから今日まで、5年間で3人の子供が生まれた我が家では、単に「離乳食から白米が必要」という状況から、子供の世話が忙しいので「時間のかかる玄米は炊いている暇がない」という状態になっていきました。

実際我が家では、白米も玄米も圧力鍋で炊くのですが、玄米は白米に比べて炊くのに時間がかかります。小さい子供の食事というのは、人数が増えるにつれものすごいエネルギーを使います。まして我が家は3人とも男の子なので、食事にかかる時間とエネルギーを最小限にするためにも、「玄米炊き」は遠のいていくばかりでした。

また、石川の農場にいたときに、次のようなケースを経験しました。玄米食をしている夫婦の子供が幼稚園に行くようになり、その弁当にも当然玄米を持たせました。ところが、幼稚園で玄米を持ってくる子供は他にはなく、その子供が「お前の飯は汚い」とまわりの友達から言われたのです。確かに玄米は茶色い色をしています。英語では玄米のことを「ブラウンライス」と言います。

「玄米こそすべて」というように、ガチガチの信者になってしまうと、逆効果になってしまうこともあります。先日吉井町で講演を行った幕内秀夫さんは、「既に米を食べなくなっている日本人が増えている中、一食でも多くパンから米にするべき」と警告を発しています。そういう状況の中で、玄米にこだわりすぎて、米嫌いになってしまったら意味がありません。

このようなことから、我が家では「何が何でも玄米」ということではなく、まずは基本食として、「米とみそ汁と漬け物」を「美味しく」子供に食べさせることに主眼をおいているので、白米・玄米にこだわらずに過ごしてきました。

では、我が家で「ここ数日玄米を食べることになった」のはどうしてでしょうか。そのきっかけは単に「白米が切れてしまった」からです。我が家の場合、米は30㎏ずつ玄米で保存してあり、その重たい米を精米しに行くのは私の仕事です。しかし、このところ超多忙で、妻に言われていたのをすっぽかして、米を切らせてしまったのです。

妻に「どうするのよ!」と罵られたのですが、とっさに「玄米を炊けばいいじゃないか」と切り返したら、妻はあっさり「ああそうか」と納得しました。翌日は精米に行ける余裕があったので、一日くらいは久々に玄米を食べるのもいいだろう、ということで、それでしのぐことにしたのです。

さて、夕食で玄米を食べた5才の長男は「うまい」と言っていたのですが、翌日の弁当にも玄米を持って行き、帰って来るなり「明日も玄米にしてくれ」と言うのです。この予想外の長男の反応に、我々夫婦もはっと気付くものがありました。私は、自分が初めて玄米を食べたときの感動を思い出していました。3才の次男は、まだ何もわからないようですが、特にいつもと変わらず玄米を食べています。問題は離乳食を始めたばかりの7ヶ月の三男ですが、余り細かいことは気にせず、かみ砕いた玄米を食べさせています。

ひょんなことから、玄米食を再開したわけですが、おかげで久々にうまい玄米を毎日食べることができ、満足しています。このことをきっかけに、幕内秀夫さんの「玄米正食批判試論」をネット上で読みました。以前読んだことがあったはずですが、玄米食を再開した上で読むと、また身にしみるものがあります。私の文章とあわせて、参考にして頂ければと思います。