この20年で社会は会社はどう変わったか その2

昨年の11月14日に「この20年で社会は会社はどう変わったか」http://d.hatena.ne.jp/sakunou/20051114/1131976371を書いて、<つづく>となっていました。今日はその続きを書きたいと思います。

昨日ライブドア粉飾決算について書きましたが、そこでは行き過ぎた弱肉強食の批判をしています。この20年で変わった社会や会社の実情とは、まさにグローバル化であり、市場原理主義であり、弱肉強食の社会になってきたということでしょう。

アメリカではすでに1%の金持ちが、国全体の富の50%を所有しており、その結果として、貧富の格差の広がりがスラムや犯罪の多発を招いています。金持ちは、自分の財産と生命を守るために城壁に囲まれた居住地に住み、ガードマンを雇い、子供も金持ちだけが通う学校に入れているようです。そこに人種差別が輪をかけて、貧しい有色人種の家庭では、荒れた学校にしか子供を入れることができず、希望をなくした若者がさらに荒れる悪循環となっています。一見、弱肉強食の社会は、自分の努力次第で成功してのし上がれるかのように錯覚します。それがアメリカンドリームという蜃気楼で、アメリカ社会の成功者は、貧しい人々に対して、「それは自分の努力が足りなかったのだ」と言いますが、差別や貧困で最初から門が閉ざされているのに、どこに努力のしようがあるというのでしょうか。アメリカンドリームなどというのは、貧乏人が貧乏であることを納得させるためのガスぬき的言い訳でしかありません。

金がすべての社会では、貧乏人はまともな医療も受けられず、救急病棟は死にそうな病人やけが人が待ち行列を作っている状態です。このようなアメリカの実情については、幻冬舎わしズムの初期号に、かつてアメリカで仕事をしていた小林至氏が詳しくリポートしています。

教育の機会均等という面では、日本の方がはるかに平等であり、少なくとも人種差別で学校が決められることはありません。ただし、学歴社会のマニュアル化によって、教育に金をかける方が優位になる傾向はあるでしょうが、最終的には実力次第であることに違いはありません。

小林至氏のレポートや他の情報にもありますが、アメリカのサラリーマン家庭は、共働きをしなければ食っていけない状況だということです。そこから男女平等も出てくるようですが、日本もそういう状況になっています。

前回書いたように、私が社員として実感したNTTの民営化には、十分納得する要素がありました。公社時代は、電話などのサービスを受ける人を「加入者」と言ってまかり通っており、とてもサービスを提供するという意識ではなかったのですが、民営化後「加入者」は「お客様」にあらためられました。その言葉が象徴するように、お客様に対するサービスの提供という立場から、料金の値下げやサービスの多様化が行われ、通信市場は一変していきました。

しかし、その後の相次ぐ分社化、NTT解体の中で、主にアメリカの企業による通信事業への参入が行われ、社員の待遇は激変していきます。

私は今でも、民営化による意識改革・経営改革は必要なことだったと思っています。それは、昨日までいわば「純粋」な高校生だった私からしても、入社して見た電電公社の職場というものは、十分に異常な部分を抱えていたからです。強大化した労働組合は、その要求をエスカレートさせ、休憩室にはテレビ・ステレオ・電子レンジが設置され、一通の電報を配達するのに、軽自動車に2人乗車を義務づけるなど、このまま放置すれば組織は崩壊していっただろうと予想できる状況でした。

単に、競争原理と意識改革で民営化したとすれば、社員としては働く意味やそれに伴う収入が得られることで、会社の収益を伸ばしたり、仕事の達成感を得られる職場を実現するなど、会社や社会は好転したかも知れません。しかし、アメリカのグローバリストたちはそれでは許してくれなかったのです。民営化した以上、俺たちにも参入させろとばかりに、通信事業は草刈り場になっていきました。

その結果、町の電話局の窓口は無くなり、事業は細かく分社化され、余った社員はリストラ、業務は外注でパート化。今では50才で定年となり、減給された上で再雇用となってしまいました。

私が入社した頃は、電電公社といえば、田舎ではおそらく皆のあこがれの的だったと思います。私は個人的には安定した就職先というものに全く魅力を感じていませんでしたが、かつては国会議員などの政治家に頼んで、何とか入社したいと多くの人が熱望していた優良企業でした。

このような就職ロジックに大きな変化があってニートも増えているのだと思いますが、時代の変化の中で、グローバル化に抵抗しながらも、若者には新たな社会参加の価値観を示していかなければいけないと痛感しています。そのあたりのこともこれから書いていきます、また行動していきたいと思っています。