議論の極意をmumur氏に学ぶ

以前このブログで「これからの日本人には議論する能力が必要である」と題して、自分の海外での体験と、mumurブログの電突(電話による突撃取材)の様子を紹介しました。

そのmumurブログ、今でこそかなりの反響があるサイトですが、実はまだ開設して一年がたったところだということを知りました。そして一年前の、ブログを始めた頃の書き込みを見ていたところ、「電話突撃のこつ」という記事がありました。議論下手の日本人にとっては、大変分かりやすく参考になる「こつ」が伝授されています。

とかく日本人にとって「議論」と名の付くものは、抑えていた感情が吹き出したときに始まるもの、というケースが多いのではないでしょうか。また、議論とは喧嘩と同じようなニュアンスで受け取っていないでしょうか。しかし、そもそも議論とは、真実に近づくための言葉のやりとりであり、辞書にもそのように解説されています。
〔ある問題に関し〕(何人かの人が)自説の陳述や他説の批判を相互に行い、合意点や結論に到達しようとする△こと(やり方)
ですから、議論のプロセスとは、その目的に、より短時間で到達することが求められているはずです、本来は。ところがとかく日本人は、阿吽の呼吸が通じなかったときに「ちょっと待て」とか「それは違うんじゃないか」という感情の高まりと共に始まる「論争」のことを議論と勘違いしていないでしょうか。

あらためて議論の定義とは何かと考えるとき、mumur氏の「こつ」は大変参考になりますので、以下に転載します。あくまで「電話突撃のこつ」ですが、議論をする際の姿勢にも十分通用する内容です。

電話突撃のコツ
これまでに、色々と突撃しました。
NHK、民放、朝日新聞、民団青年部、反核団体社民党、政党・政治家・・・・。
「そんなの怖くて出来ない」という人もいるでしょうが、自分なりのコツをまとめます。

意気込みすぎない
「論破してやる」等と考えてしまうと、頭に血が上ってしまいます。
果てには自分の主張が破綻し、自爆する結果となります。
軽い気持ちで、相手と雑談するような感じでいきましょう。

丁寧・低姿勢でいく
開口一番「おいコラ!!強制連行とか嘘を報道するな!!」なんて言うと、相手も構えてしまいます。クレーマー扱いされるかもしれません。
寧ろ、逆にひたすら低姿勢で行くのがいいです。
自分は結構短期で頭に血が上りやすいのですが、低姿勢で丁寧な言葉使いをすればこれを防止することにもなります。
「おはようございます。お忙しいところ大変申し訳ございません。朝日新聞さんの記事に関して質問させていただきたいのですが、こちらの部署でよろしいでしょうか。昨日の従軍慰安婦に関する記事なんですが・・・」
という具合です。
自分も冷静になれるし、相手も誠実に対応します(せざるを得ない)。

最初に相手の言質をとる
従軍慰安婦は捏造だと思うんですが、このような嘘の報道をしないでください」
こういうのはお勧めしません。
私だったら、「記事上の従軍慰安婦の定義を教えていただけますでしょうか」と問います。
あなたが「丁寧且つ低姿勢で常識的な人間である」という印象は既に相手に伝わっています。
そのような人間が冷静に「定義を教えてください」と問う。
これは効きます。
大方の場合、担当者は口ごもります。
「て、定義ですか・・・・」
もちろん、相手を口ごもらせたり負かせるのが目的ではありませんが、ちょっと優位に立てますので安心感があります。
会話の主導権を握るきっかけとなります。

証拠ではなく定義を問う
特に朝鮮やシナを巡る歴史問題に関して顕著なんですが、殆どの場合は定義が曖昧なまま議論がなされています。
中央大学の吉見教授を例に出すまでも無く、定義が曖昧だと苦し紛れに「実質的には強制だ」と主張をシフトさせ、責任を逃れる余地を与えることになります。
また、証拠に関する議論は平行線を辿る場合があります。

A「証拠を出せ」
B「証言があるだろ」
A「証言ではダメだ」
B「被害者の気持ちを云々」

勿論、論理的な傍観者ならばどちらが説得力があるか一目瞭然なんですが、無邪気に信じ込んでいるBさんには通用しません。
更に、「世間では色々な議論がなされているようですが、わが社としてはこれらの証言から事実だと判断しております」と言い逃れができます。
これに対して定義は逃げ道がありません。
「〜である」と定義できなければ、そもそも立証が不可能になります。
証拠を集めようにも集められないし、反論しようにも出来ません。
突撃対象は「証拠を出せ」というような質問には慣れてますが、「定義は何か」という質問は通常想定していません。
相手が答えられない場合は、「定義づけもできないような曖昧な内容の主張をしているのですか」と言ってあげましょう。

また、定義づけというのは歴史問題に限りません。
「対象を明確にさせる」という意味でとらえてください。
以前反核団体に突撃した時は、「反核の対象を教えてください」と聞きました。
当然、「世界中の全ての核に反対です」と答えるわけです。
次の項にも通じますが、そこで「ならば、韓国の核開発に反対しない理由を教えてください」とやるわけです。

最後に相手の言質を元に自分の主張を述べる
電話をかける前に、答えが予想できるものがあります。
前項の反核団体なんかはそうですね。
こういう場合は相手の発言を元に、矛盾を突いていくわけです。
従軍慰安婦でしたら、恐らく「戦時中に心ならずも性を売買対象とされた方々」等と言うと思いますので、「日本人は対象に入らないのですか」とか「戦時以外の性の売買はどうですか」と切り返します。

深追いしない
相手の返答が予期しない場合や、自分の頭が混乱してどう反論していいか分からない場合があります。
この場合は、スパッと電話を切ってください。
例えば、定義を質問して相手の回答があったが、どうして良いか分からない場合は、復唱してメモをしてることを相手に悟らせます。
「〜という定義ですね。メモメモ。わかりました。大変お忙しいところありがとうございました。失礼します。」
相手の言質をとっただけでも大収穫です。
とりわけ、歴史問題に関する定義を言わせたら、勝ったも同然です。
そもそも、定義が曖昧な場合が多いので矛盾がボロボロ出てくるはずです。
これを元に、後ほど落ち着いてから論点をまとめて再度電話してもいいですし、援軍を頼むのもありです。

相手が非常識な対応だったら
幸い、私はめぐり合ったことはありません。
もしかしたら、アナタは意気込みすぎていませんか?
いきなり大声を出していませんか?
そういう場合は、主張内容がいくら正当であっても、相手の暴言に正当化の根拠を与えることになります。
石原都知事のような過激な言動は支持者としては溜飲が下がる思いですが、「ファシスト」「差別主義者」などのレッテルを貼る余地が出てきます。
一方で櫻井よしこさんは言うことはズバリと言いますが、レッテルが貼られることはないです(自分は見たことが有りません)。
冷静で、丁寧で、論理的だからです。
敵からすると、櫻井さんみたいな存在が一番怖いのです。
彼女にレッテルを貼ろうものなら、自分が差別主義者であり下品である印象を周囲に与えてしまい、逆効果と成ります。

しかし、それでも非常識な人間は一定の割合でいるものです。
いくら丁寧に話しても、暴言を吐く。無視を決め込む。
このような場合、私だったら相手の暴言を復唱してメモをとります。

相「いい加減しつこいんだよ」
私「・・・・・いい加減しつこいんだよ・・・・と。」

メモを取っていることを相手に悟らせます。
相手は多少の落ち着きを取り戻すのではないでしょうか。
それでも、変化が無かったら。
私だったら、全部メモにとって「ありがとうございました」と言って電話を切ります。
「訴えてやる」とか「上司に報告する」とかは言いません。
放置です。
普段は常識的な人間で、たまたま機嫌が悪いだけだったかもしれません。
そういう人なら、この件を思い出して「メモをとっていたよな・・・」と不安になります。
いつどのような処分が待っているかわからない、このような状況は意外とダメージが大きいものです。

自分と違う意見に対して、「頭に来る」とか「許せない」という感情が先立つことがありがちですが、あくまでも真実を探るなり到達点を見つける、という目的意識を持って議論することが重要であると思います。