オール・イン・ワン・シンセ旅に出る

18歳の時に初めてローランドのアナログシンセサイザーを買って以来、次々と電子楽器を買い足していった。MTR・ドラムマシーン・シーケンサーエフェクターヤマハDX-7・ボコーダー等々・・・。
それはオリジナルの曲を作る目的だったのだが、買った機材を使いこなす前に次々と発売される新製品を、単に追いかけていただけだったのかもしれない。今となってみるとそんな状況であったとも思える。
費やした金は数百万円だったろう。

東京で会社の寮にいたときには、それらの機材・楽器を置くために、わざわざアパートを借りていたこともあった。

最後に買った電子楽器は、今から約15年前、20代の半ばであった。それまで別々に買っていたシンセサイザー・ドラムマシーン・シーケンサーなどが一つになった「オールインワンシンセ」だ。コルグのT3という製品で32万円した。

1〜2年使ったろうか。それを使って録音した曲は10曲ちょっとだと思う。
そして、27歳の時、曲作りをすべてやめ、会社も辞めて、東京を後にした。

それから15年。物置に眠っていたコルグT3。
「使いたい」という若者が現れたので、ただで譲ることにした。
そして今日、15年ぶりに箱を開け、T3と対面した。
倉庫の薄明かりの中で、ほこりをかぶった段ボール箱を開くと、懐かしい顔がそこにあった。洗練されたデザインがまぶしかった。
「もう一度こいつを使って音楽を作ってみたい」という情熱のかけらが、一瞬脳裏をよぎる。
しかし、すぐに思い直して箱を閉めた。

もう情熱がないとか若くないということではない。
今でも音楽は好きだし、当時よりもずっと完成度の高い音楽を作ることができる、という自信はある。今でもたまに、曲作りのアイディアが浮かぶこともある。

しかし、この15年間で、生活・思想・人生の目的など、すべてが変わった。大転換したといってもいい。
当時は、自分のためだけに生きていた。自己満足のために音楽を作っていた。
今はそうではない。もっと大きな目的を見いだし、それに向かっている。

もちろん、家族ができて、妻や子供たちのために生活しているという時間的な制約もある。しかし、それだけではなく、地域や国家や地球も視野に入れて、今は生きている。その違いは大きい。

今の自分の目的を達成するのと、音楽活動をするのは、全く別物と認識している。
音楽で地球平和を実現できると思っている人もいるかもしれないが、自分の中ではそういう可能性はないと確信しているので、そこに目的と手段は重ならない。

15年も眠っていたシンセは、電源を入れても音が出ないかもしれない。それでも、高価で高性能なこの楽器は、もしかすれば息子たちの中で誰かが使うかもしれないと考えたこともあった。しかし、それにはさらに10年は眠ってもらわなければならない。その間に時代も変わるだろう。

そう考えると、今日T3を持って行ってもらったのは、良いことだったのだと自分に言い聞かせている。
T3の箱を積んだ若者の車を、一抹のセンチメンタルな気分で見送ったが、こうやって小さな過去の「モノ」や「思い」と決別することが、未来への活動の源泉をより強固にしていくための「儀式」であると考えたい。